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春日太一の「雪中行軍な人生」

時代劇・日本映画・テレビドラマなどの研究家・春日太一のブログです。

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【長文】「鬼平」の現状に想うこと

1月4日にフジテレビ系列で「鬼平犯科帳スペシャル 泥鰌の和助始末」が放送されました。

個人的には、大好きな石橋蓮司さんの「老い」の芝居を堪能できたんで、
シンプルに満足していたのですが。
やはりマニアの方々は厳しい。

それで、「鬼平」ってなんだろう、「時代劇」って何だろうと考え込んでしまいまして。
キッカケは近藤ゆたかさんによる、以下のツイート。


~~~~~
(※前半は無関係な話なので略)鬼平もオリジナルやっちゃダメとか言うなら、もう『おにへい』にしてアニメでやるしかないじゃん、現状では。それか東京で撮るとか、京都でなら30〜40代の監督に撮らせるかだね。だって、鬼平50までしか生きてないんだし。 via ついっぷる for iPad 2013.01.05 01:48

もう「今の感覚がどう原作を捉え直すか」に活路を見出すしかないのかもしれないのでは? と思ってしまう。 via ついっぷる for iPad 2013.01.05 01:53
~~~~~

現状の「鬼平」に関して全否定ともとれる、かなり辛辣な内容でした。

新潮45の昨年4月号の拙原稿をお読みになられた方ならおわかりかと思いますが、
近藤さんの主張の基本にある想いは、自分自身もうなずける部分がありました。
が、一方でどこか釈然としないというか、モヤモヤしたものが。

で、何度か近藤さんには質問のリプを飛ばさせてもらったけど、
話は平行線のまま。
それもそのはずで、肝心の私自身が、自分で自分の感情を把握できてなかったわけで。
その点では、近藤さんには御迷惑をおかけしました。

で、昨夜(というか今朝か)は自分なりの総括として、
とりあえず以下のようなツイートをしました。


~~~~~
時代劇は「現在進行形のエンターテイメント」だと思っているし、その意味において「鬼平」は功罪の「罪」の部分も大きいということは折に触れて述べてきた。でも、時代劇の表現が本当の意味で「今」に追い付いた時、その時代劇を愛せるかどうかは自信が全くない。なぜなら「今」が大嫌いだから。 via Keitai Web 2013.01.05 06:27

正直な話、時代劇との距離のとり方が最近全く分からなくなっている。「老人から時代劇を取り戻せ」を旨に生きてきた身としては、昨夜の近藤さんのツイートには深くうなずけるところがあった。ただ、自分は「今」の役者も作り手も全く信用していない。だから、つい絡んでしまった。 via Keitai Web 2013.01.05 06:37

「怪」の失敗がトラウマになって京都での時代劇製作はさらに保守化したという側面がある。「時代劇の伝統芸能化」は、それに代わる表現を「マニア受け」以上のレベルで提示できていない次世代に責任があると思う。「時代劇の世代交代」は作品で証明して、初めて成し遂げられる。 via Keitai Web 2013.01.05 07:05
~~~~~

で、一晩寝て、スッキリした頭で考えたら、モヤモヤしていた感情の正体が見えてきました。
以下は、それを例え話として言語化したものです。

~~~~~
周辺の開発の波に耐えながら、
繁華街の目抜き通りで昔気質の職人たちが
ガンコにノレンと味を守り続けてきたことで有名な老舗トンカツ屋。

その店に行った帰りの《グルメ》な客から、
「店構えが古い」
「今風の創作料理を出せ」
「若い奴に揚げさせろ」
「そもそも揚げものなんて嫌いだ」
「こんな店つぶれちまえ」
とかいう文句を聞かされる・・・。

昨夜の近藤さんのツイートって、ようはそういうことなんですよね。

いくらなんでも、その文句はお門違いでしょう。

だって、そこがそういう店だということは、
行く前から分かってたことでしょ、っていう。

周辺に食べ物屋がそこしかなくなった状況を憂いたり怒ったりするのなら共感できるし、
新たにその繁華街に自分好みの店が出来るように願うのなら理解できるけど。
その老舗の店に「俺の好みに合わせたものを出せ」というのは理解に苦しむ。

で、反論は「初代店主はもっと尖ってた。その味に戻れ」みたいな。


ちなみに初代の時代は五年。今の店主は二十年以上。

しかも初代の頃は繁華街は食べ物屋だらけだった。
今はその店一軒だけ。
あとは、若者向けのオシャレな店と安い雑貨屋が建ち並ぶ。
あの頃と今とでは、状況がなにもかも違う。

今の店主の姿勢は、はたして「守り」に入っているといえるのだろうか。
若者向けの店ばかりが建ち並ぶようになった繁華街で昔の味に固執して、
それでもなお行列作るのってのは、時代に対して「攻めてる」とも映る。


その壮絶な戦いの葛藤に想いを馳せてこそ、《グルメ》なのではないだろうか。

あと、本気でその店に改善を望むなら、
その職人に直接文句を言うなり、
若い丁稚さんつかまえて独立をもちかけるなり、
すればいいと思うんだよなあ。

ちなみに、自分も以前はその店に言いたいことがあったから、
揚げてる本人に直接いろいろと批判的なことも言ってきたけど。
今はその店の頑固な姿勢、凄くカッコよく見えてる。
だからもう、何も言わずに黙って食べ続けたい。


まあ、少ししたらその職人さんたちもみんないなくなりますから。
その間、自分は「古臭い」と文句つけるよりも、
昔気質の味の名残りを楽しみ続けたいと思う。



・・・以上が、「鬼平」の現状、ならびに「鬼平」批判派の方々に対する、
私の偽らざる想いであります。

(自分も含め)マニアな人たちはつい新奇性に価値を求めがちだけど。
そのジャンルから「メジャー(=マニア以外の老若男女にも広く認知・信頼)」なタイトルが消えたら、
ジャンル自体が瓦解する。
「鬼平」は正月のゴールデンでスペシャルを張ることのできる希有なメジャー時代劇。
それを前提としない批判・批評には何の価値もないと思います。

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この記事へのコメント

鬼平でない鬼平

……失礼します。

私も、昨日の春日さんと近藤さんのツイッターでの会話をちらちらと拝見させて頂いていたんですが……今回のブログの記事にたとえるなら、私は「とんかつを食べたい時は、とんかつ屋に行く」「今風の創作料理(新作の仕事人?)がほしいなら、その店へ」「若い者(るろうに剣心?)の味を楽しみたいなら、その店へ」……と言った感じです。

長谷川平蔵が主人公の時代小説は、池波氏の「鬼平」以外にもあるので、TV局がそういった物を作ろうと言う気があるかどうかは別にして、「鬼平」でない長谷川平蔵モノを作ることは可能でしょうね……。

ただ、もうそれは「鬼平犯科帳」では"ない"訳ですが……。

乱必乱文、大変失礼しました……。

Re:鬼平でない鬼平

仰る通り、まったくの同意見です。
それが当然のスタンスだと思います。

とんかつ屋で揚げ方がヘタだった、
創作料理屋でアイディアが足らなかった、
若者による料理なのにコジンマリしてた・・・

それなら理解できるんですよね。
でも、「昔ながらのトンカツ」を出すことで有名な店に、その道のプロが行って、
帰りに「創作料理がなかった。若さがなかった。だから潰れちまえ」
というのは明らかに異常です。

そこらのチンピラがそれを言うなら無視しますが、
私としても尊敬してた近藤さんが、まさかそんなことを言うとは、
と驚いてしまい、そのような見方が広がっては一大事と危ぶみ、
一連のことを書きました。

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職業:
著述業
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時代劇・日本映画・テレビドラマの研究家です。

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